『海底二万里』          ジュール・ヴェルヌ著

今回ブログで紹介するのは、『海底二万里』ジュール・ヴェルヌ著です。

ノーチラス号は、どこを航海したのか?
あらためて作品に登場する地名を追いながら地図を眺めてみると、いくつかの場所はすぐに見つかります。
セイロン、トレス海峡、ヴィゴ湾──いずれも実在する、現在の地図にも載っている場所です。

けれど、クレスポ島という名前を探してみても、どうしても見つかりません。
調べてみると、それは19世紀当時の海図にだけ載っていた“幻の島”でした。

そうした“架空の設定”は他にもあります。

ヴァニコロ島、キルタン島、そして当時まだ開通していなかったスエズ運河──
ノーチラス号は、そんな地理的な障壁すらどこかのルートで通り抜けていきます。
その描かれ方には、空想と現実の境目が曖昧になるような不思議な感触があります。

そして物語の終盤、ノーチラス号が消えていく最後の海域も、緯度も経度もあいまいなまま残されています。

実在の場所と、いつのまにか失われた名前。確かな地理と、空想のような断片。

地図を整理しながら読んでいくと、この物語が描いていたのは“世界を一周する冒険”というより、どこにも属さないまま、ただ海の中を漂い続けるような、そんな航海だったのだと感じました。

そして、読み終えたあとにふと年表をめくってみて、一番驚いたのは──この物語が、1870年にフランスで刊行されたという事実でした。
つまり、今からおよそ155年前に書かれた作品なのです。(2025年現在)。

あらすじ

海洋学者アロナックス博士と従者のコンセイユ、捕鯨職人のネッド・ランドは、謎の海洋怪物の正体を探るフリゲート艦に乗り込み、やがて“怪物”の正体である潜水艦ノーチラス号に遭遇する。

その船を操るのは、謎めいた男・ネモ船長。彼のもとで一行は世界の海をめぐる“海底の旅”へと巻き込まれていく。

登場人物

アロナックス博士:パリ博物館所属の博学な海洋生物学者。やや理想主義的。

コンセイユ:アロナックスの忠実な従者。冷静沈着、データ収集に長ける。

ネッド・ランド:カナダ人の銛打ち職人。行動派で、閉ざされた海中生活に不満を抱く。

ネモ船長:謎の潜水艦ノーチラス号を操る男。科学者であり思想家。復讐と孤独を抱える人物。

「読んだことある気がする本」を、ちゃんと読んでみた話

『海底二万里』は、子どもの頃に読んだ記憶があります。


でも、正直どこで読んだのかもあいまいで──学校の図書室だったか、ジュニア文庫のシリーズだったか……。
ストーリーの詳細なんて、まるで覚えていませんでした。

それでもなぜか、「潜水艦が出てくる話」「イカが出てきたような気がする」──そんな断片だけがぼんやり残っていて、ずっと頭の片隅には引っかかってはいました。

何がどう面白かったのかも思い出せないのに、なぜか“読み返したい”気持ちが湧いてきて、久しぶりにページをめくってみました。
そこには、想像以上に静かで、深くて、重たい物語が広がっていました。

中でもネモ船長は印象的でした。
彼が何者なのか、どこから来たのか、はっきりしたことは最後まで明かされません。
けれど、ただの隠遁者ではない、地上とはどこか一線を画すような雰囲気──
あの沈黙の奥に、強烈な意志と過去があることだけは、確かに伝わってくる。

子どもの頃はまったく気づかなかったその存在感に、大人になって初めて、引き込まれていきました。

現代SFみたいに派手じゃない。そこが魅力。

読み返してみて、まず感じたのは、この物語が思っていた以上に静かだったということです。

SFにありそうな急展開はない。でも大人になってからの再読ではそれが心地よかった。

ノーチラス号は、地球上のあらゆる海を巡っているはずなのに、その旅には喧騒や高揚感のようなものがほとんどありません。
むしろ、ひっそりとした沈黙と、張りつめたような緊張感に満ちた時間が、
淡々と、どこまでも続いていきます。

今回はじめて、それが「海底を進む物語」であることの意味を実感しました。
どこまでも続く水圧の下で、音も色も届かない世界を行くような、地上のあらゆる出来事から遠ざかった、静かな隔絶の感覚。

かつては気にも留めなかった、そんな“空気のない空気”のような描写に、今回はむしろ強く引きつけられました。

今回あらためて読み直してみて、この物語にははっきりとした主張やメッセージがあるというより、むしろ“言葉にならなかったもの”が、ずっと静かに流れているのだと感じます。

航路のまとめと地理

ノーチラス号が通った場所を追いかけていくだけでも、不思議と物語の印象が変わってきます。実在する地名もあれば、いまでは地図に載っていない“幻の島”のような場所もあります。

地図をたどってみることで、空想だった旅がぐっと現実に近づき、ノーチラス号の動きが、ただの冒険ではなく「本当にあったかもしれない航海」のように感じられてきます。
それが、今回あらためてこの物語を読み直してみて、面白かったことのひとつでした。

航路 ⓵

クレスポ島
太平洋中央に記された幻の島。現在の地図には存在しない。ネモ船長が“地上を見せる”と称して海底散歩を許可した場所。

北回帰線(北緯23.4°)
→ ハワイ諸島をかすめる“熱帯の北限”。ノーチラス号はこの緯線を何度も横切る。

ハワイ諸島
→ クレスポ島の南西、火山島。作中で直接の描写は少ないが、航路上は近傍を通過した可能性あり。

航路 ⓶

ニュー・ヘブリディーズ諸島(現バヌアツ)
→ メラネシアの海域。ネモ船長たちは陸に上がることなく、外界の視線を感じながらこの海を通過する。

ヴァニコロ島
→ 実在の島。ラ・ペルーズ探検隊の遭難地として知られ、ネモが海底からその“遺物”を観察する場面がある。ニュー・ヘブリディーズ圏内。

航路⓷

トレス海峡
→ ニューギニアとオーストラリアの間の危険な海域。ノーチラス号がサンゴ礁に座礁し、乗員がサメと戦う場面がある。

航路⓸

インド洋(セイロン島など)
→ 真珠採取の場面が印象的。

航路⓹

キルタン島(=Keeling Islands)
→ セイロン南方のインド洋にある環礁。航路中の静かな通過点として描かれる。かつてヴァスコ・ダ・ガマの発見とされたことも。

航路⓺

紅海
→ 潮流と水温の違いを観察。スエズへ向かうが、当時はまだ運河が未完成。

航路⓻

スエズ運河(未完成)
→ 作中ではまだ開通していないはずだが、ノーチラス号は紅海から地中海へと抜けている。※通った経路は明かされていないが、“どこかに秘密の抜け道があるらしい”。

航路⓼

ヴィゴ湾
→ スペイン北西部。ネモが海底に沈んだ財宝を引き上げる場面で登場。彼の過去と目的がにじむ地点??

航路⓽

カナリア諸島
→ アフリカ沖の火山群島。大西洋横断中に視界に入る。地上の影がまだ近い“出発点”の象徴。

航路⑩

ホーン岬
→ 南米最南端の嵐の岬。ノーチラス号はここを通って、誰も寄りつかぬ南極圏へ突入する。

航路⑪

南極圏
→ 氷の海。ノーチラス号が氷下を進むという驚異の描写が展開される。孤独と静寂の象徴でもある。

航路⑫

大西洋北上
→ ヴィゴ湾以降、ノーチラス号は再び北上する。航海の終焉が近づく。

まとめ

この『海底二万里』、「ポケミス」=ハヤカワ・ポケット・ミステリシリーズの一冊としても刊行されています。
ポケミスといえば、本格ミステリやスパイ小説の印象が強いシリーズです。
その中にジュール・ヴェルヌの名前が並んでいるのを見ると、ちょっと意外で、それだけで気になってしまいます。

物語の魅力はもちろん、地理・科学・思想を兼ね備えた“知的冒険”の側面をじっくり味わえる名訳。ポケミス棚の中でも異彩を放つ一冊になります。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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