
今回紹介する本は、赤木駿介さんの『日本競馬を創った男』です。
エドウィン・ダンは、「お雇い外国人」のひとりでした。
アメリカで畜産を学んだダンは、牛や羊を何十頭も連れて北海道へやってきます。
広い真駒内の地に牧場を開き、酪農をはじめ、馬を育て、乳製品をつくり、そして西洋式の競馬場まで建てました。
明治の日本に、外国人がやってきた理由
明治のはじめ、日本は「近代国家にならなければ」と強く思っていました。
でも、どうすればいいのかは誰にもわかりません。そこで政府は考えました。
“すでに近代を経験している外国人に来てもらって、教えてもらおう”。

そうして生まれたのが「お雇い外国人」と呼ばれる制度です。
アメリカから来たエドウィン・ダンも、その一人でした。
彼は技術だけでなく、制度そのものを日本にもたらそうとします。
牛や馬、酪農や競馬。そのすべてが、彼の手で動きはじめました。
馬と酪農、そして日本競馬のはじまり
北海道に渡ったダンは、牛や羊、馬を連れて真駒内に広い牧場をつくります。
そこで酪農を教えながら、競走馬の育成も始めました。
彼は、ただ馬を育てるだけでなく、競馬のしくみそのものを日本に伝えます。
自分で競馬場を設計し、西洋式の本格的なレースを開催。
やがて北海道で育った馬たちは、本州のレースでも勝ちはじめます。
日本の馬が、日本の競馬が、新しいかたちで動き出したのです。
オオカミとの闘い
北海道での暮らしは、自然とのたたかいでもありました。
ある冬、エゾオオカミが牧場を襲いはじめます。

馬や牛が次々に食べられ、育てた動物たちが犠牲になっていきました。
ダンは悩んだ末に、毒入りの餌でオオカミを駆除する決断をします。
その方法は効果がありましたが、結果的にエゾオオカミは絶滅してしまいます。
守りたいものと、失ってしまうもの。
自然と技術、そのあいだでゆれ動く重たい選択が描かれています。
まとめ
ダンが歩いた頃の札幌には、まだまっすぐな道も、きちんとした区画もありませんでした。
馬を連れて川を越え、人の気配もまばらな大地を進む──そんな風景がこの本には描かれています。
でも、印象に残ったのは風景だけではありません。
異国から来たダンが、日本人の考え方をどう理解していったか、その“内面の変化”がとても興味深かったです。
たとえば彼は最初、日本人がなぜ怒らないのかが不思議で仕方なかった。
何を考えているのか、顔に出ない。気持ちがわからない。
それを「武士道」というルーツから著者がロジカルに分析していくんですが、
異文化に戸惑いながらも、少しずつ共鳴していくダンの変化に、ぐっとくるものがありました。
この本は、明治の記録であると同時に、ひとりの外国人が日本という空気にふれて、少しずつ「わかろうとした」時間の記憶でもあると思います。
だからこそ──読み終えたあと、今の札幌のまっすぐな道が、ちょっと違って見えました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

コメントを残す