今回紹介するのは、アガサ・クリスティの『青列車の謎』。
1928年に刊行されたこの作品は、クリスティの作品群の中でも前期にあたる一作。
フランス行きの豪華列車「青列車」で起こる殺人事件を軸に展開されるミステリーで、密室空間ならではの緊張感と人間関係の複雑さが絡み合った作品です。
あらすじ
物語は、フランス・リヴィエラ行きの豪華列車「青列車」で始まります。
この列車には、さまざまな背景を持つ乗客たちが乗り合わせています。
中でも物語の中心となるのは、富豪オールディンの娘「ルース・ケテルマン」、彼女の夫「デレク・ケテルマン」、莫大な遺産を相続することになった「キャザリン・グレイ夫人」です。
列車内でルースが何者かに殺され、彼女が所持していた希少な宝石「焔の心臓」が盗まれる事件が発生します。
犯人は誰なのか、動機は何なのか。偶然その列車に乗り合わせた名探偵エルキュール・ポアロが、この謎を解き明かしていきます。
1.豪華列車を舞台にした華やかさ
舞台となる豪華列車「青列車」は、20世紀初頭のヨーロッパの富裕層の贅沢なライフスタイルを象徴しています。
この非日常的な空間が、ミステリーに華やかさと独特の緊張感を加えています。
日本人である私たちがイギリスのミステリーを楽しむとき、このような現代離れした舞台設定が醍醐味の一つ。
推理小説といっても、乗客たちのキャラクター描写にも深みを加えているのが巨匠である所以。
クリスティ作品の場合は、心理描写も全体の作品ロジックの一部だったりするので、蛇足の描写とはならない印象です。
2.執筆の裏にあるクリスティの苦悩
この作品が執筆されたのは、クリスティが結婚生活の破綻によるストレスが原因での失踪事件後、精神的に不安定だった時期だと言われています。
失踪事件
1926年12月3日、クリスティは突然姿を消しました。
彼女の車はサリー州の池の近くで発見され、車内には衣服や運転免許証が残されていました。
この出来事は世間を騒がせ、多くの人々が捜索活動に参加しました。数日後、彼女はヨークシャーのハロゲートにあるスパホテルで発見されました。
驚くべきことに、彼女は自身の名前を「テレザ・ニール」(夫の愛人の姓)と名乗り、記憶喪失を装っていた(または実際に記憶喪失状態にあった)と言われています。彼女自身がこの事件について詳しく語ることはなく、真相は謎のままです。
この困難な状況下でも、彼女は見事に物語を作り上げました。
作家としての情熱やプロ意識が感じられる作品。
もしかしたら、当時の真相を作品から感じとることができるかもしれません。
3.社会的背景と舞台設定
物語の舞台となる豪華列車は、当時の富裕層にとって象徴的な移動手段でした。
飛行機はまだ一般的な移動手段ではなく、この時代の国際的な旅には列車が不可欠だったようです。
ヨーロッパの社交界の一端を垣間見ることができるこの設定は、非常に新鮮。
さらに列車という密室空間での人間関係や駆け引きは、セント・メアリ・ミードなどの田舎を舞台にした作品とはまた違った緊張感を生み出しています。
まとめ
『青列車の謎』は、推理小説が好きな方以外にも、「古き良き時代のヨーロッパの雰囲気を味わいたい」、「豪華列車という非日常を疑似体験したい」、
そんな方々も物語に没入できそうな作品です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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