炭鉱町の暗闇と秘密結社『恐怖の谷』に潜むリアルな恐怖

今回紹介するのは、アーサー・コナン・ドイルの『恐怖の谷』。

あらすじ

物語はシャーロック・ホームズとワトソン博士が住むベーカー街221Bに、暗号で書かれた奇妙な電報が届くところから始まります。
その電報は、ホームズの宿敵であるプロフェッサー・モリアーティの関与が示唆される内容でした。
電報の内容を分析したホームズは、ある陰謀を予感し、捜査に乗り出します。

その後、スコットランド・ヤードの刑事マクドナルドが訪れ、イギリスの片田舎にあるバールストン屋敷で起きた殺人事件について相談を持ちかけます。被害者はこの屋敷の主人であるダグラス氏で、彼は密室のような状況で射殺されていました。
現場には奇妙な証拠が残されており、犯人の手がかりは乏しいように見えました。

アーサー・コナン・ドイルの名作『恐怖の谷』は、シャーロック・ホームズシリーズの中でも異色の作品。
複雑な二部構成の物語は、実在の事件や社会的背景を反映した内容となっています。

実在の事件『モリー・マグワイアズ事件』がモデル?

時代と場所: 19世紀後半、アメリカ・ペンシルベニア州。
事件の概要: アイルランド移民によって結成された秘密結社「モリー・マグワイアズ」が、炭鉱労働者の権利を求めて暴力行為を繰り広げた事件。労働者による結束と暴力、そして内部からの密告や裏切りが発生し、最終的に結社は壊滅。

秘密結社「モリー・マグワイアズ」の前身は、地主に反抗する農民運動からといわれています。
過酷な労働条件に抗議するため、ストライキや暴力行為を行ったとされ、暗殺や放火などの報復活動を行ったとも。
炭鉱企業側や警察からは「犯罪集団」と見なされていました。

この事件が、作品内の秘密組織「スカウラーズ」のモデルになったと考えられています。

物語の中でも、権力に支配された町とそこに渦巻く恐怖や陰謀は、実際の社会問題を反映しています。

実際には、炭鉱経営者や警察と対立し、労働組合の指導者や炭鉱経営者が暗殺される事件が相次ぐ。
労働者側は「正当な権利を守るため」と主張したけれど、企業側はモリー・マグワイアズを恐怖政治を敷く危険な組織と見なしました。

地理のモデル

『恐怖の谷』の2部の舞台である「ヴァーミッサ谷」は、実際に存在するペンシルベニア州のセントラリアという炭鉱町がモデルとされています。

19世紀のアメリカでは、炭鉱労働者の過酷な環境と労働争議が頻発していました。
閉鎖的な社会と秘密結社として、権力に支配された町の描写や恐怖の支配構造は、当時の炭鉱地域の実態をリアルに再現されています。

セントラリア(実在)ヴァーミッサ谷
炭鉱地帯としての設定ペンシルベニア州の炭鉱地帯に位置し、石炭採掘によって栄えた町。ペンシルベニア州をモデルにした架空の炭鉱町として描かれている。
労働争議と秘密結社の存在近隣地域ではモリー・マグワイアズ事件が発生し、秘密結社や労働組合による争いがあった。作品では、秘密結社「スカウラーズ」が町を恐怖で支配し、暴力と暗殺を繰り返していた。
閉鎖的な社会構造と恐怖政治炭鉱労働者のコミュニティは閉鎖的で、団結と対立が共存していた。恐怖政治によって支配される閉鎖的な社会構造が描かれ、密告者や裏切り者が命を狙われる緊張感が漂う。

ちなみにセントラリアは、現在もアメリカ・ペンシルベニア州にありますが、ゴーストタウン化してしまっています。

物語の舞台 バールストン館とは?

『恐怖の谷』の第一部で登場するのが バールストン館。
この館はただの家じゃなくて、歴史の詰まった特別な建物として描かれています。

はじまりは城塞は、もともとは防御のための砦として築かれました。
『ユーゴー・ド・カピュー』という騎士が、イングランド王のウィリアム2世から土地をもらって建てたという経緯です。
ところが時代が進むにつれて、火災で館の大半を焼失してしまいます。

作品の舞台として登場するのは、焼失した館を復元し、新しく生まれ変わった館。
ジェームズ1世の時代に、廃墟になっていた砦をレンガ造りのカントリーハウスとして再建しました。
昔の砦の石材を使ったから、建物にはその名残りがあるというところが、作品の古めかしい雰囲気を助長しています。

『カントリーハウス』ってどんな建物?


カントリーハウスは、イギリスの田舎にある大きな屋敷のこと。
貴族や裕福な人たちの邸宅をイメージすると分かりやすいかもしれません。
広い庭園や敷地を持っているのが特徴で、内装も豪華、大きな暖炉やシャンデリアがあるのがスタンダードです。

ドイルは、建築や古代史に深い関心を持っていたそうです。
今作で、中世の城塞や要塞がモデルになっているのは、彼のヨーロッパ史への造詣が影響しています。
バールストン館のような建物のモデルはわからないのですが、イギリス各地の歴史的邸宅や砦跡を参考にしている可能性が高いと思います。

いち創作物に過ぎないのですが、舞台背景の解像度が非常に高いです。
実際に見た建物を文章で細部まで表現するのでさえ難しいと思います。
が、空想の中のモノを文章で再現できるのは、やはり作家の知識の豊富さだったり、徹底したリサーチ力なんでしょうかね…。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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