『帝王』              フレデリック・フォーサイス著

今回紹介する本は、フレデリック・フォーサイスの短編集『帝王』です。


本書には表題作「帝王」を含む複数の短編が収録されており、どの物語もフォーサイスならではの緻密なプロットと意外性に富んだ展開が魅力。
今回は、その中から「アイルランドに蛇はいない」と「帝王」の2編を紹介します。

この2作に共通しているのは、「人生の転機」と「選択」というテーマ。
ただし、それは希望に満ちたものではなく、登場人物が追い詰められた末に選ばざるを得なかった決断という意味合いが強いものです。
彼らの選択が本当に正しかったのか、それとも間違いだったのか、読後にどこかモヤモヤした気持ちが残る作品となっています。

『アイルランドに蛇はいない』

あらすじ

ロイヤル・ビクトリア大学で医学を学ぶハーキシャン・ラム・ラルは、インド・パンジャーブ出身のヒンドゥー教徒です。彼は学費を稼ぐために北アイルランドの解体業の現場で働き始めますが、異教徒として疎外される日々を送ります。中でも、現場監督のビック・ビリーは冷酷で暴力的な男であり、ラム・ラルは彼から耐えがたい仕打ちを受けます。

やがて復讐を決意したラム・ラルは、医学の知識を活かし、毒蛇を使った完璧な犯罪を計画します。アイルランドには蛇がいません──だからこそ、もし蛇による殺人が起これば、それは「不可能犯罪」として処理されるはずです。果たして、ラム・ラルの計画は成功するのか…。

蛇はいない?!宗教的な解説

「アイルランドには蛇はいない」と言われるのは、単なる生態学的な事実以上に、宗教的・歴史的背景が関係しています。

聖パトリックの伝説
キリスト教の聖人パトリックがアイルランドから蛇を追放したという伝説があります。

蛇=異教徒の象徴
蛇は古代ケルト宗教や異教のシンボルとされ、キリスト教が広まる過程で排除の対象となりました。

氷河期の影響
科学的には、アイルランドは氷河期の影響で蛇が渡る前に島が孤立したため、自然に生息する蛇が存在しません。

この背景を踏まえると、本作のタイトルは単なる事実の指摘ではなく、アイルランド社会の「排除の論理」を暗示しているとも読めます。

主人公が象徴するもの?!

読んでいて感じたのは、主人公のラム・ラル自身が「アイルランドに存在しないはずの蛇」として描かれているのではないかということです。

アイルランドの伝承では、聖パトリックによって蛇が追放されたとされています。しかし、物語や象徴の中では蛇はなおも重要な存在として描かれ、さまざまな意味を持ち続けています。以下は、北アイルランドにおける蛇の象徴的な側面です。

異端者としての蛇
彼はアイルランド社会にとって「異物」であり、やがて「毒を持つ蛇」としてその社会に復讐を試みます。

キリスト教と対立する蛇のイメージ
聖パトリックが駆逐した「異端」としての蛇の復活です。

不可能犯罪の象徴
蛇がいないはずの地で蛇による殺人を起こすことで、歴史や文化の前提を覆そうとします。

インド・パンジャーブ出身のヒンドゥー教徒であるラム・ラルが、北アイルランドでは、異端の存在として周囲から見られているのは、宗教的な背景を象徴しているかのようです。

なぜこの蛇を殺人に使ったのでしょうか?

ラム・ラルが選んだのは、インドに生息するエクヒス・カリナトゥス(インドガーデンヴァイパー)という毒蛇です。なぜ彼はこの蛇を使ったのでしょうか?

この蛇の品種を詳しく調べると、そこには理にかなった理由があることがわかります。

エクヒス・カリナトゥス

◆インドの「四大毒蛇」の一つで、最も致死率の高い蛇の一つだから。

◆神話的・宗教的に「邪悪な存在」とされることが多いから。

◆アイルランドに存在しない蛇だからこそ、「完璧な犯罪」になりうるから。

ラム・ラルは、アイルランドの「蛇のいない地」にこの蛇を持ち込み、歴史と神話に対する「異端者の復讐」を企てたのです。

『帝王』

あらすじ

50歳の銀行支店長マーガトロイド氏は、長年の勤続と業績を評価され、会社から南国モーリシャスへの有給休暇を贈られます。彼は口うるさい妻と共に旅に出ますが、若い同僚の勧めでフィッシングに挑戦することになります。

そこで彼が遭遇したのは、地元の漁師たちが「帝王」と呼ぶ、全長6メートル、500キログラムを超える巨大なブルーマーリンでした。8時間に及ぶ死闘の末、彼はこの大物を釣り上げますが──この体験が、彼の人生に思いもよらぬ影響を与えることになります。

人生の転機を描く

──なぜそこまでしてフィッシングにこだわったのでしょうか?

マーガトロイド氏がフィッシングに夢中になった理由を考えると、彼の人生における「抑圧と解放」が見え隠れしてきます。

◆銀行員としての人生=決められたレールの上を歩んできた人生だった?

◆フィッシング=初めて自分の力だけで勝負する場だった?

◆「帝王」との戦い=彼が初めて「本能的な興奮」を覚えた瞬間だった?

この経験を通じて、彼は自分の人生を見つめ直し、「本当の自由とは何か?」という問いに直面することになります。

著者フォーサイスとの共通点?!

──この主人公にモデルはいたのかと調べると、著者フレデリック・フォーサイス自身の人生とも重なる部分がありました。

著者フォーサイスもまた、安全な道を捨て、新たな挑戦を選んできました。
BBCの記者を辞め、フリーの戦場特派員に。
その後、小説家へと転身し、『ジャッカルの日』で成功。

マーガトロイド氏もまた、南国での体験を通じて「新たな生き方」を見出しました。


「与えられた人生に甘んじるか、自分で選択するか」

『帝王』は単なるフィッシングの物語ではなく、「人生の選択肢を考え直すヒント」となる作品なのかもしれません。

まとめ

フォーサイスの短編集は、単なるサスペンスを超え、人生の選択について深く考えさせてくれる一冊です。しかし、その選択が幸福に結びつくとは限らず、むしろ「人は本当に変われるのか?」という問いが読後に残る作品となっています。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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